「長谷先生は命の恩人」 JR脱線負傷者ら 救命医しのぶ集い(産経新聞)

 ■「がれきの下の医療」先駆け

 数えきれない命を救い、そして自ら命を絶った医師がいた。済生会滋賀県病院(滋賀県栗東市)の救命救急センター長だった長谷貴將(はせ・たかのぶ)さん=当時(51)、写真。平成17年4月25日に起きたJR福知山線脱線事故では兵庫県尼崎市の現場に駆けつけ、大破した車両に閉じこめられた負傷者の救命に当たった。「長谷先生こそが命の恩人」。あの手のぬくもりを、優しいまなざしを今も忘れない負傷者ら約30人は事故から5年となるのを前に、11日に宝塚市で集まり故人をしのぶ。

 5年前の4月25日午前。長谷さんは病院で事故を知った。すぐさま同僚の医師ら5人とともに、60キロ以上離れた現場に向かった。

 長谷さんは平成3年に栗東市の隣の信楽町(現・甲賀市)で起きた信楽高原鉄道事故をきっかけに、災害医療に本格的に取り組んできた。がれきの下にもぐりこみ、生存者の手を握って励ました。長時間圧迫された筋肉から全身に毒素が回る「クラッシュ症候群」を防ぐため、点滴を打った。

 事故で生死の境をさまよい、約5カ月後に意識を取り戻した鈴木順子さん(34)=兵庫県西宮市=も、長谷さんに命を救われた一人だった。

 事故の約5時間後に2両目から救出された順子さんは、呼吸も止まり瀕死(ひんし)の状態だった。その順子さんに、長谷さんが人工呼吸を施した。「まさに、娘に命を吹き込んでくれたのが長谷先生でした」。母親のもも子さん(62)はこう振り返る。

 だが、長谷さんは18年5月に命を絶った。後に遺族が病院側を相手取って起こした損害賠償請求訴訟の訴状によると、通常業務に加え、事故後に「がれきの下の医療」の先駆例として注目されたことで、講演や学会活動に忙殺された末の過労自殺だったという。

 11日には鈴木さん母子だけでなく、ともに先頭車両に乗車していて重傷を負ったMBSカメラマンの吉田恭一さん(44)や兵庫県伊丹市職員の山下亮輔さん(23)も集まる。現場でともに救命活動に当たった“戦友”の医師らも駆けつけるという。

 もも子さんは「あの現場でたくさんの命を救ってくれた長谷先生も、事故の犠牲者なんです」と話した。

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by uorn5eum8w | 2010-04-13 01:35
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